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column

September 17, 2022

シャッター音を傍らに
scene33 【9月】マニャーナ!

福岡とくじゅう、時々その他…
街の中で自然にあこがれ、自然の中で街を想う
シャッター音が響くたびに、心が豊かになってゆく
そんな写真家が織り成すフォトエッセイ。
by kawakami shinya

丘の上より




【9
月】マニャーナ!


この頃撮影の合間に本を読んでいる。

先程も阿蘇を見渡す丘の駐車場で椅子を出してしばらく読んでいた。
残暑が厳しいとはいえ、さすがに阿蘇の丘の上となるとそれなりに涼しい。

ジャック・ケルアックの『オン・ザ・ロードという広大なアメリカ大陸をヒッチハイクで横断する話だ。
かつてボブ・ディランが人生を変えた本とコメントしていたから、
ずいぶんあの時代の文化に影響を与えた本ということだろう。
残りのお金が少なくなってきても十字路のバーでお酒を飲み、「マニャーナ!」といって明日へと向かう。

マニャーナとは明日という意味らしいけれど、
明日はどうにかなるという、天国の響きのような意味として使われていたらしい。


月明りの森より



そして時代は変わって阿蘇の丘でこの本を読んでいる僕自身はどうかというと、
それなりにいい影響をもたらしてくれてるかなあと思う。

九州とアメリカという広大さがあまりにかけ離れているとはいえ、
僕自身も旅の日々なので、多少なりとも共感するところもあり、憧れる部分もある。
阿蘇の道をボブ・ディランを聴きながら走っていると、本の中に入ったような気分にもなってくる。

夜明けの風景などはアメリカ並みに雄大だなと思えてくる。


夜明け




ただ、決定的に違うのは人との出会いだ。

本ではヒッチハイクであるし、しかも旅先で仕事を見つけたりもするので、多くの人々と関わってくる。
それが物語の根本的な魅力にもなっているけれど、僕は旅に出ていてもほとんど人と出会わない。

もちろんほとんど車の運転であるし、撮影も一人であるから当然のことではあるんだけど、
昨日だって話したと言えばホテルのフロントの方くらいだ。
これも会話とは言えないだろうし。

もちろん誰かと話したいと思っているわけでもないけれど、
こんな本を読んでいると、旅先での会話がホテルフロント以外であってもいいのになあと思えてくる。


坂の街にて



先日は中秋の名月を撮影に別府湾を見下ろす丘で待機していた。

ずいぶん早く到着してしまったので、一時間ほど三脚の横に座って本を読んでいた。
すると周囲は次第に賑やかになりはじめ、親子連れにカップル、女性のみのバイク集団などもやってきた。
笑い声が響き、月の出を待ちながらみんなとても楽しそうだ。
この方たちの方が一人本を読んでる僕よりよっぽど物語の世界に近いなあと思いながら。

そして月の出の時間。
まだ周囲がほんのり明るい時間、日暮れの青の世界だ。

この時間に月を撮影したかったのだが雲がかかってまったく見えない。
しばらくすると別府湾が輝きはじめ、いわゆるムーンロードのみが現れた。
不思議な光景にみんな感嘆の声をあげていた。もちろん僕も驚いていたけれど、
これでは仕事の撮影にはならないなあとやや落胆。
長い時間かけてやってきて待っていても、こんなことも数多くあるのだ。
こんな時に使うのかな。

「マニャーナ!」


ムーンロード





●写真・文/川上信也

■■プロフィール■■
●川上信也/フォトグラファー。1971年愛媛県松山市生まれ。
福岡大学建築学科卒業後、大分県くじゅうの法華院温泉山荘に1997年より5年間勤務。その間にくじゅうの風景写真、アジアの旅風景を撮り続ける。
その後福岡でプロ活動を開始し、様々な雑誌の撮影に関わり、風景のみならず、自然光を生かした人物、建築、料理など、様々な撮影を行なっている。
ライフワークとして九州の自然風景、身近な人々のポートレートを撮り続けており、定期的に写真集を出版、写真展やトークショーを開催している。
◎webサイト:『川上信也 Photographer』⇒ https://shinya27.wixsite.com/kawakami

■前シリーズ『くじゅうの麓、白丹のルスカ』(2018年5月~2019年4月)はコチラから →