column
September 01, 2024
シャッター音を傍らに
scene52 【9月】引っ越しとシャッター音
福岡とくじゅう、時々その他…
街の中で自然にあこがれ、自然の中で街を想う
シャッター音が響くたびに、心が豊かになってゆく
そんな写真家が織り成すフォトエッセイ。
by kawakami shinya
【9月】引っ越しとシャッター音
18年ぶりに引っ越しとなり、新しい住まいへの移動が残暑の中で進んでいる。
狙っていた物件が突然空いたのだ。
これまで住んでいた小さな一軒家は築60年を超え、そろそろ取り壊しという話がコロナ禍の4年ほど前にあった。
ずいぶんねばって住み続けていたということになる。
室見のジャングルとも呼ばれていた緑豊かな庭のあるこの場所を去るのはとても寂しいけれど、
今年のあまりにも暑い夏を考えると災害にも対処した住まいの方がやはり安心ということになるだろう。
大家さんからは家賃はもういらないから秋くらいまでにゆっくり引っ越してくださいと言われている。
猛暑なのでとてもありがたい提案。
引っ越し先は歩いて300歩ほどのマンションの2階、3軒隣りだ。
なのでリュックに荷物を入れて一日数往復、ユルユルと進めている。
50歳過ぎてからの引っ越しがこんな形になるとは思っていなかったけれど、なかなか楽しい往復作業だ。
荷物をまとめながらカメラ機材を整理していると、いろいろと思い出してくる。
このカメラとはどこどこの撮影に行ってこんなシャッター音だったかなあとか、買ったときの記憶まで蘇ってくる。
今回の引っ越しでは思い切った断捨離で多くのものを処分したけれど、
やはり思い出に残るカメラはどうしても捨てられない。
せっかくなので歴代のカメラ達と培ってきたこの家の思い出を、
シャッター音を傍らに一緒に撮影しておこうと思い立ったのだ。
くじゅうの山から福岡に戻ってきて最初に買った中判フィルムカメラ、
ペンタックス645Nは、当時の少ない貯金をほとんど使い果たして購入したカメラだ。
『別府橋カメラ』で中古レンズ2本セットだったかな。
シャッター音は「ガシャーン!ジジー」という骨にまで響くような大げさな音がして、
それはまるで「目の前の世界を切り取ったぞー」と高らかに宣言する儀式の音のようだった。
そしてそれがまた頼もしくとても心地よかった。
ニコンを使っていた時代も長かったけれど、今でもD800はポジフィルムの複写などの使用している現役。
シャッター音は堅牢なニコンらしくちょっと重々しい「カシャ」という、いかにも正当カメラというシャッター音で、
「はい撮りました文句あっか?」という上から目線の音という印象がある。
ずいぶんお世話にはなったけれど。
10年ほど前からFUJIFILMのミラーレスカメラの時代になっていく。
ミラーレスカメラはシャッター音に大きな特徴がある。
最初に手にしたX-T1は「カシャリ」というちょっと控えめで不器用そうな機械音だったけれど、
X-T2になると「シャカ!」という短い音の背後に「キュリ!」という高く澄んだ音が同時に加わる。
「シャキュリ!」とでも表現すればいいだろうか。
このシャッター音を聞いた人が「小鳥がさえずるような音」と表現したこともあり、
まるで森の妖精だ。ニコンとはえらい違いだ。
それがX-T4になると高音の「キュリ!」は消え、「シャリ」とやや平坦で控えめ。
勝手に撮ってなさいよというちょっと突き放すようなすまし顔となった。
かなり寂しく感じたものだけれど、ちょっと湿り気を帯びたような音が混じっているので、
冷静な中にも潤いのある愛情が見え隠する奥ゆかしい音、ととらえることができるのだった。
そしてこの引っ越しの最中、新たなる仲間が加わった。X-T5だ。
この一軒家に住んでから初代から5代目までのこのシリーズを使っていることになるので、
この家との思い出が最も深い機種となる。
この新しいカメラのシャッター音はというと、基本的に先代とほぼ変わらない。
しかしよく聞くとさらに控えめで湿り気を帯びた音になっている。
それは乾いた情ではなく潤いのある情、伝統的美しさとも繋がる音、いやささやきではないか。
引っ越し往復作業をしながらシャッター音の妄想はどんどん膨らんでいくけれど、
この頃はカメラの寿命の事を考えて電子シャッターを使用することも多い。要するに無音だ。
無音では物足りないのではとも思っていたけれど、それは正にThe Sound of Silence 。
この静けさから大きく膨らみゆく創造。
これからどんなシャッター音が新しい生活を彩ってくれるのだろうか。
今日も往復引っ越し作業は続いている。
●写真・文/川上信也
■■プロフィール■■
●川上信也/フォトグラファー。1971年愛媛県松山市生まれ。
福岡大学建築学科卒業後、大分県くじゅうの法華院温泉山荘に1997年より5年間勤務。その間にくじゅうの風景写真、アジアの旅風景を撮り続ける。
その後福岡でプロ活動を開始し、様々な雑誌の撮影に関わり、風景のみならず、自然光を生かした人物、建築、料理など、様々な撮影を行なっている。
ライフワークとして九州の自然風景、身近な人々のポートレートを撮り続けており、定期的に写真集を出版、写真展やトークショーを開催している。
◎webサイト:『川上信也 Photographer』⇒ https://shinya27.wixsite.com/kawakami
■前シリーズ『くじゅうの麓、白丹のルスカ』(2018年5月~2019年4月)はコチラから →☆