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column

December 04, 2025

レンズの向こう側
episode04 【12月】レトロレンズの向こう側

一枚の写真から呼び起こされる
鮮やかな記憶

自然の風景、時には街、人々
レンズを覗いた時の思い…

それらを
散りばめたフォトエッセイ

by kawakami shinya

姿かたちもいいレトロカメラ


【12
月】レトロレンズの向こう側

友人が東欧をしばらく旅して無事帰ってきた。
そしてお土産にとレトロなカメラをいただいたのだった。
買ったのはハンガリーのブタペストにある中古カメラ屋さんとのこと。
店主のおじいさんが「あんたにはこのカメラだな」
みたいなことを理解不能なハンガリー語で次々と話し、
身振り手振りで1960年代製というこのカメラをお勧めされたという。

角ばったシルバーボディには“SMENA SLと刻まれている。
そして裏にはMADE IN USSRの文字。
フィルムはラピッドフィルムという今は無きシステムなので、
新たに写真を撮ることは非常にハードルが高いけれど、
カシャリ、とやや湿り気のある心地いいシャッター音が響く。

持ち主はかつての社会主義国でどんな暮らしをしていたのだろう。

そして数十年後に旅人の手に渡り、遠く日本に暮らす僕の手元にやってきた。
本棚に飾っているだけで何やら壮大な物語が広がってゆくようだ。

僕の家にはもう一台、昔のカメラが本棚に飾られている。
FUJICA AUTO7

これは父が勤めていた銀行から何かの記念で頂いたものだったと記憶している。
なのでこのレンズが見てきた世界はある程度想像できる。
一番記憶に残っているのは、もうすぐ昭和が終わる高校時代、
東京への修学旅行に持っていった時のことだ。
ただ、主に撮影したのはその修学旅行自体ではなく、一人になった帰りでのこと。
今では考えられない事だろうけれど、僕は先生にお願いして(親戚の家に行くとかなんとか適当に言って)、
東京から実家の松山まで青春18きっぷで帰ることにしたのだ。
いい時代。
3日ほどかかったと思うけれど、車窓はもちろん、立ち寄った京都で金閣寺を撮影したのを覚えている。
このカメラを見るたびに当時の旅を思い出す。
おそらく自分の大きな糧となった旅。
これは僕のカメラ好き、旅好きの原点といえる旅だったのかも、
と今ではしみじみ思う。

先日このカメラが今でも動くのかどうか試してみたところ、ヨボヨボと動き出してちゃんと撮影できた。
高校時代、レンズの向こうに広がっていた世界が、今と繋がっているように思えた。

しかしこんなピンボケの料理写真、久しぶりに撮った。
味わいあって意外と気に入っている。


わざとではないちょっとピンボケ



●写真・文/川上信也

■■プロフィール■■
●川上信也/フォトグラファー。1971年愛媛県松山市生まれ。
福岡大学建築学科卒業後、大分県くじゅうの法華院温泉山荘に1997年より5年間勤務。その間にくじゅうの風景写真、アジアの旅風景を撮り続ける。
その後福岡でプロ活動を開始し、様々な雑誌の撮影に関わり、風景のみならず、自然光を生かした人物、建築、料理など、様々な撮影を行なっている。
現在は『西鉄カレンダー撮影も担当。
ライフワークとして九州の自然風景、身近な人々のポートレートを撮り続けており、定期的に写真集を出版、写真展やトークショーを開催している。
◎webサイト:『川上信也 Photographer』⇒ https://shinya27.wixsite.com/kawakami

■前シリーズ
『くじゅうの麓、白丹のルスカ』(2018年5月~2019年4月) →
*『シャッター音を傍らに』(2019年7月~2025年7月) →