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October 22, 2017

『福岡の隠れ家・穴場2』 発行人インタビュー!
「やっぱりみんな“隠れ家”が好き」

 

 


 

こんにちは!
『MADE IN…』のいとなおです。

MADE IN…も制作に参加した
『福岡の隠れ家・穴場2』(2017年9月22日発行)!
ご覧になっていただけたでしょうか?

その「隠れ家本」発行人である、聞平堂の弓削聞平さんに、
隠れ家本のコト、本づくりのコトなどなど、お話を伺ってきました。

 

弓削さんといえば・・・
実は私の前職・タウン情報誌(※1)代の先輩でもあります。
当時は部署も違い、仕事よりも飲みや遊びでご一緒することが多かったのですが、
育った土壌は同じ…ということで
今回は社内用語や内輪ネタも交えてのお話となりました。

以下、オフレコ以外の話をほぼそのままお届けします。

  

 

『福岡の隠れ家・穴場2』の発行人・弓削聞平さん。

 

 


2000年にフリーランスへ。
最初は“食”の仕事しようなんて1ミリも思ってなかった

 

ーー改めて、これまでの経歴をおしえてください。

弓削:新卒でプランニング秀巧社(※2)に入ったのが1984年かな。
営業部、編集部、企画営業部、別冊編集なんかを経て2000年にフリーになった。

ーー弓削さんといえば、営業や企画でバリバリというイメージでした。
編集部時代(※3)もあったんですね。

弓削:8ヵ月だけだったんだけどね。特集や読者ページを担当したよ。

ーーいろんな部署や仕事を経験した中で「これが好き、これがしたい」というのはありましたか?

弓削:んー…“イベント”かな~。
その頃はソラリアのゼファとかイムズのイベントスペースも出来た頃で…
初めてやるようなイベント企画を結構、受け入れてくれた。
イチハラヒロコさんの「コトバアート展」とか、
ポスターハリスカンパニーの「昔の演劇のポスター1000枚貼ります」とか。
「こんなイベントやりたい!」と思ってクライアントを見つければ実現できるところがあって、
アイデア優先でできるのが面白かったのかな。

ーー入社約15年後の2000年にフリーランスへ。その時はどんなことを思っていたんですか?

弓削:もともと、会社を辞めた時点で“食”の仕事しようなんて1ミリも思ってなかった。
…というか、“食”の仕事があるなんて思ってないじゃん、その時点では。福岡には(専門の)メディアもないんだから。
単純にフリーのエディターになろうとして、ノンジャンルのね。
それどころか福岡でエディターって職業が食えるのかすらわからない。
ライターはいるけど、(エディターとして)原稿書かないでフリーでやれるのか?って、そこからだった。

ーー確かに。≪美味本(おいしんぼん)≫(※4)も定期刊行物じゃなかったし、
ローカル(福岡)のグルメ専門の雑誌や番組もなかったかも。

弓削:で、その時に独立したらやりたいと思ってたことがあったんよね。
≪美味本≫みたいな客観情報じゃなくて、リアルな主観情報を発信したいって。
東京ではいろいろな料理研究家とか評論家とかが、自分の主観による飲食店紹介の本を出すんだけど、
福岡ではそういうのはなくて客観情報ばかりだった。当時はブログとかもなかったしね。

ーー2000年頃だったら…そうですね。WEBのコンテンツはまだ少なかった。

弓削:それでホームページを作って、そこで日記(※5)を書き始めたのが2000年とか2001年とか。
当時はそういう日記サイトとかSNSとかないから珍しくて、TNCの『ももち浜ストア』がそれに目を付けてくれて、
「食のコメンテーターしませんか?」みたいなことになって…、
そこで、温泉のコメンテーターをしていた『外戸本(※6)』の花田さんと出会った。
それが『epi(エピ)』に繋がった。
epiって最初、旅行雑誌だったんだけど、「それを変えたいんだけど、何か提案してくれないか?」と言われて。
そこで提案したのが受け入れられて、隔月刊のグルメ情報誌『epi』を作ったという。(※現在は変わっています)

ーーそこからどんどん“食”に?

弓削:うん。そうなると2ヵ月に1回、作ることになるから、
情報集めないかんし、下見に行かないかんしっていうのでどんどん外食頻度も増えていき、
そういうのを出すと、「グルメ本の編集長」みたいなるから、
来る仕事も食の比率が増えてって、いつしか専門職のように(苦笑)。

ーーそれは不本意でしたか?

弓削:不本意じゃないけど、意図したものじゃなかった。たまたまなった、という感じよね。

ーーとなると、そもそも「本づくりや出版」に拘るつもりもなかった?

弓削:なかった。まぁ、『epi』にしろ『ソワニエ』にしろ、
言ってみれば編集委託で、発注されてできる仕事じゃないですか。
(編集・出版は)ライターにしても、だいたいみんなそういう仕事をやってる人が多い。
それでずっと雑誌作ってきて…、
でも、これは(デスクの上の本を指をさして)いわゆる自費出版なんよね。
  

 

 

弓削さんが自費出版した〈聞平堂〉の発行物たち。

 

 

独立から12年目の挑戦。
ハイリスク&ハイリターンを選ぶまで

 

ーーそうですよね、別のライン。そういう自費出版を始めたのはいつから?

弓削:2012年からかな。フリーになって12年の時。

ーーきっかけは何だったんですか?

弓削:正確にいうと、その前にうっすーい本(※7)も出したんだけどね。ほぼ手売りみたいな。
でも、ちゃんと出したのはこの『ぐる~り糸島』(2012年発行)が最初。
たぶん昔、企画営業をやっていて、思いついたアイデアに
お金を引っ張ってくるっていうふうなビジネスモデルが身体にあったんだろうと。

ーーふむふむ。

弓削:ただ、『ぐる~り糸島』でいうと、単純に糸島の…
まぁ、当時、なおちゃんも≪シティ情報ふくおか≫の編集長だったからわかると思うけど、
みんななんかテレビとかも、春夏になると糸島の特集をやる。
でも秋冬になるとだんだん情報は出てこなくなって、
で、次の春夏になるとまた新しいとこをやるから、全部のスポットは網羅できてなくて。
そんな中で「いつの季節でも糸島の全部がわかるようなものがあったらいいのにな~」と思い始めた。
てっきりシティ情報やウォーカーが出すと思ってたんだけど、なかなか出さないし…、
でも(発売が)ぶつかると絶対不利だし…。
「出さんよね?出さんよね?」ってドキドキしながら(発行を)決めた。

ーーホント、私も(シティ情報の)糸島本、出したかったんですけどね。
本誌で糸島の連載(※8)をしていたし、そうやって毎号情報を載せていると
あきらかにTVでの(糸島の)露出も増えたり(笑)。
そういうエリア的なブレイクというか…手応えを感じていたので。
でも(糸島本の)アイデアや別冊案を会議に出しても、結局は採用されなかった。

弓削:広告がどうなんだ?ってことよね。

ーーはい。その頃は本を作るのに「広告がとれるかどうか」が判断の基準になってて、
編集主体の企画はなかなか通らなかった。
編集の力というか…、編集ページの魅力で本が「売れる」というところが、
ものすごく懐疑的になってたというか、そういう時代というか…。

弓削:そうね。俺も正直、当初はビジネスと思ってなくて…、
ただ「そういうのあったら便利よね~」っていうのだけで、この時は出した。
そもそも委託仕事での(金銭的な)基盤があったから手を出せたというか。
「ま、トントンかちょっと利益?2年間売って、ちょっと黒字になれば恩の字だな」くらい。
そしたら思いのほか、ガーッと売れて調子こいてしまって、
ほかのも出して沈んだっていう、ね(苦笑)。

ーー沈んだりもあるんですか?

弓削:あるよ。糸島本が売れたから調子に乗り過ぎた。

ーーフリーペーパー全盛期でしたしね。一方、もともとはそういう部分(編集的な魅力)が、
有料誌(※9)には不可欠なはずなのに、と思うところもあって…
でも、その頃は本が売れるかどうかわからない。いや、売れない可能性が高い。
それならもう「広告で採算がとれないものは出さない」っていうことだったのかなと。

弓削:うん。

ーーでも、弓削さんはそこを自分で出した。言わばコンテンツの魅力を信じた。
そして出したら売れたってことですよね。

弓削:いやだけん、初版の印刷部数はめちゃ少なかったけどね。
そしたらエライ売れて…、出して10日後くらいにもう増刷したもんね。

ーーその後、糸島本が売れたから「調子こいて」ということでしたが。

弓削:そうなんだよね。ホント、一発目が失敗してたら次の出版はしてないかもしれん。
ホント思いのほか売れたし、あと、みんな喜んでくれたから…お店の人とか。
あと、糸島で駐車している車に積んであるのが目に入ったりとか。

ーー喜んでもらえて、手応えがあった。

弓削:うん。だから「あ、じゃあ他のも…」ってなったんよね。

ーー企画をどこかに提案したり、バックアップしてもらいながら…というのは考えなかったんですか?
そのまま「自分で自費出版」となったのはどうして?

弓削:結局、どこかに持ち込んで出してもらったりすると制約があるし、
金銭的にもローリスク&ローリターンよね。
一方、自分で出すとなると制約はない。好きなようにできる。
その変わりハイリスク&ハイリターンなんだけど…。
ただ、ハイリスクといっても全然売れないということは、まぁないので、
最低でもこれくらいは…というヨミはあるから。
それだったら自分でやる方が実りが大きいなって思った。
特に一発目でうまくいっちゃたから(笑)。

ーー最初に大きな成功体験があって、ということですよね。
自費出版を続ける中では「沈んだこともあった」ということでしたが、これからについては?

弓削:ま、沈んだっていっても赤字は今までなくて、トントンに毛が生えたくらいっていうのなので。
大失敗はしてないからまだ続けようって思ってる。

ーートントンといえど、労力はかかるじゃないですか。

弓削:労力もね、今のところは全部、他に編集長を立てて作ってもらってるから
自分で作るほどの労力はかかってないよね。もちろんその分お金はかかるけど。
で、(自分としては)やっぱり次から次に出したいものが出てくるんよね。
「これ、いいやん!」とかって思いついてしまうので。
そういう意味では、例えば「年に何冊出さないと生活できないから、次、何出そう?」
「なんかないかいな~?」というワケではないからできるのかな、と。

アイデアマンとして、考えたことを自分で実現できる、ということですよね。

弓削:うん。生活のベースはありながらも、思いついたものでイケそうなやつを出すっていうスタイルだから。
  

 


隠れているものを見つける喜び、
それを親しい人におしえる快感
 

では、いよいよ本題に。『福岡の隠れ家・穴場』を作ろうと思ったきっかけは?

弓削:あるけど、あんまり夢のある話じゃないというか…。
『epi』とか『ソワニエ』で隠れ家の特集は何回もやっていて、ま、堅いんですよ。部数が見込める。
なので「隠れ家だけ集めたら」っていうのと、ジャンルも飲食だけよりは物販も入れて間口も広く、と。

普段の仕事を通して、ニーズを掴んでいたってことですよね。

弓削:まぁ、雑誌の部数がいく(売れる)っていうことは、
「やっぱりみんな“隠れ家”が好きだよな」っていう実感は日々あるので。
隠れているものを見つける喜びとか、
それを親しい人にだけおしえて「こんなとこ知っとぉっちぇっ!」とか、
誰かを連れて行ったりして「ええ~!?」って驚かれるのって、快感だと思うから。
そういうのを(みんなが)知りたがってる、というのはもう明白で、
でも、じゃあそれを「どうやって探したらいい」っていう情報はない。
だからそういうのだけ集めたら興味深いんじゃないかなと。
一方で「隠れ家をおしえたら、隠れ家じゃなくなるじゃん」っていうのは、
常に言われるところなんだけど(笑)。

そこはどういう風に思ってるんですか?

弓削:まぁ、自分としては隠れ家に限らず…、美味しいところを知っているのに
「おしえて欲しくない」とか「ホントはおしえたくないでしょう?」とか、そういうのは職業上なくなってる。
発信側としてはそこに垣根はないので、知ってることは全部おしえて全然いいと思ってる。

この本をつくる時に大事にしたかったことなどあれば、おしえてください。

弓削:なんだろうね~…最初に考えたのは「ある程度、写真を大きくしたい」ということ。
実はデザイン的なサンプルがあって…
これ、かなり昔に出た本だけど、この本が相当好きで。

 

隠れ家本を作る際、弓削さんが「デザインの参考にした」という『京都の値段』(2003年/プレジデント社 発行)。

 

 

『京都の値段』。(パラパラとめくって)すごくわかりやすい仕様ですね。

弓削:これは(情報誌というより)一人の人が割と主観を交えて書いてる本なんだけど。
このデザインが頭にあって、大きな写真でキレイに伝えられるものにしたいと思った。
飲食店を掲載する場合、普通はもっと写真を増やして料理なんかを載せると思うけど、
写真って同じ写真でも小っちゃくなれば魅力は半減するので…、
敢えて点数を少なくして、1点を大きくして、キレイにリアルに伝わるようにしたかった。
原稿も通常の情報誌よりは多めにして、2ページで1軒を紹介。
情報誌とか普通の本に比べたら贅沢だよね。

ーーそうですよね。私もこれ作りながら、だいぶ(デザイン的な)縛りがあるなと思いました。
使用点数と位置がはっきり決まってるという…。

弓削:そうすることで1軒1軒をキレイに詳しく…
だけど!“隠れ家”なだけに全貌は見えないようなつくりにしたかった。
で、行かなきゃわからない部分は残しておくようにしよう、と。
あとは、地図はつけない、というところ。

地図をつけない、というのも編集的なこだわりから? 

弓削:うん。

ーー今は(ネットがあるから)要らないだろう、とかではなくて?

弓削:これに関しては“隠れ家”だから「そこくらいは自分で探そうよ」くらいの感じで。
だったら(地図は)付けないでおこう、となった。

 

 

聞平堂のこれから。
ウェブや書籍もやってみたい


ーー最後に、これからしてみたいことなどあれば聞かせてください。

弓削:ウェブとか(ガイドブックではない)書籍とか。
書籍の可能性、作り方、売り方を勉強して出してみたいな、と。
コスト構造っていうのかな…、例えば、じゃあデザインして流し込むのは誰がやるの?とか、
フォーマットっていくらかかるの?とか。
書籍とムックって、販売期間とか売り方も全然違うから。

書籍でやりたいテーマがある、ということですよね。

弓削:そう。書籍でやりたいネタとかもいくつかはあって…
それでそれを実現するにはもうちょっと勉強しないとな~と。

エリア的な縛りなどはなく?

弓削:(エリアは)関係なくやりたいんだけど、
自分が思いつくのはエリア的なもの(福岡のもの)が多いね。
知ってる人とかコトとかで、やっぱりアイデアが浮かぶので。
でも、全国で売れるようなものじゃないと難しいのかもしれない、とも思う。

福岡で作ったものが全国で売れたらものすごくいいな、と思いますね。

弓削:そうやね。福岡や九州に埋もれているいいもの、いい話を
ウェブや書籍で全国の人に知ってもらえたらいいなって思ってます。
できあがったらまた取材してね。

 

※1福岡のタウン情報誌≪シティ情報ふくおか≫
※2≪シティ情報ふくおか≫の発行元。2005年に解散。その後「株式会社シティ情報ふくおか」が発足、今に至る。
※3…編集部=本誌≪シティ情報ふくおか≫を制作する部署。別冊=企画編集部と部署名を分けていた。
※4
プランニング秀巧社が発行していた大型別冊。福岡の飲食店情報を約2000軒掲載。
※5『外食日記』…2001年にスタートしたホームページ。2010年~は『ソトメシの友』として継続中。
http://babacoote.rssing.com/chan-1107845/all_p1.html
※6文榮出版社から月刊で発行されていた旅行情報誌(2014年に休刊)。
※7ホームページ『外食日記』を冊子化したもの。
※8≪シティ情報ふくおか≫休刊後、2005年の復刊号から≪シティ情報Fukuoka CLASS≫で連載していた「糸島ライフ」。
※9「有料誌」=価格がついて、書店等で販売されている雑誌のこと。無料配布のフリーペーパーと区別する意味で使われる。
  

 

■弓削聞平(ゆげ ぶんぺい)
地元・福岡の出版社に約15年在籍。広告営業、ムック制作を行なった後、2000年よりフリー編集者に。グルメ誌『epi』の創刊より6年間編集長を努めた後、2010年にはその後身となる雑誌『ソワニエ』の編集長に就任。その他、グルメ関連の編集・制作に携わる傍ら、〈聞平堂〉として『ぐる~り糸島』『福岡 深夜ごはん』など、個人出版も行なっている。

文・写真/伊藤尚子

 

 

↓『福岡の隠れ家・穴場2』より

グルメ編 『酒肴 梨庵』

 

特集:住宅街のパン屋さん

 

特集:路地裏のコーヒー店

 

特集:隠れ家バー

 

ショップ編 『うつわ屋 フランジパニ』

 

 

■福岡の隠れ家・穴場2
発行日:2017年9月22日(金)
仕様:B5変形サイズ/フルカラー/136ページ
価格:1,296円(税込)
発行所:聞平堂(福岡市中央区渡辺通2-4-20-405)
電話:092-713-1099
発行人:弓削聞平(聞平堂)
http://www.yugebun.com/bunpeido/

 

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